4月29日、ブリュッセルの会議室では12時間にわたって明かりが消えなかった。
片側にはキプロス議長国の代表、もう片側には欧州議会の交渉担当者、そして卓上には欧州委員会の関係者もいた。AI Omnibus法案をめぐる最後の政治三者協議とされ、8月に迫るコンプライアンス期限に向けて、体裁の整った延期案をまとめるはずだった。
深夜、キプロス側の当局者は会議室を出て、こう述べた。
"It was not possible to reach an agreement with the European Parliament."
つまり、合意には至らなかった。
単なる手続きの遅れではない
ここで時系列を整理しておく。
- 2024年:AI Actが成立し、段階的な適用スケジュールが定められた。
- 2026年8月2日:高リスクAIシステムの中核的な義務が発効する予定で、欧州で事業を行うAI企業にとって重い期限になっている。
- 2025年11月:欧州委員会が延期案を提示した。
- 2026年4月28日:1回目の三者協議は不調に終わった。
- 2026年4月29日:2回目で、当初は最後とされた三者協議が12時間続いたものの、結論は出なかった。
5月中に妥結できなければ、8月2日の当初期限はそのまま到来する。
その場合、医療機器、玩具、コネクテッドカー、産業機械に高リスクAIを組み込むメーカーは、多くが準備を終えていない規制対応に直面することになる。
争点はどこか
交渉は実質的に一つの問題に絞られた。すでにEUの製品安全規制を受けている製品に組み込まれた高リスクAIシステムを、AI Actでも追加的に規制するべきか、という点だ。
欧州議会と産業界はおおむね同じ立場にある。医療機器規則、玩具安全指令、自動車の型式認証制度がすでに存在する以上、さらにAI Actを重ねれば二重規制になる、という主張だ。
一方、加盟国を代表する理事会は、この広い免除に慎重だった。各国政府は、一度抜け道を認めれば、将来多くの高リスクAIがそこに流れ込むと警戒している。
12時間の協議でも、双方は十分に譲らなかった。
新しい日程では一致していた
皮肉なのは、協議が決裂する前に、理事会と議会は新しい適用日そのものではすでに一致していたことだ。
| システムの種類 | 当初期限 | 提案された新日程 |
|---|---|---|
| 独立したAnnex III高リスクシステム | 2026-08-02 | 2027-12-02 |
| 製品に組み込まれたAnnex I AI | 2026-08-02 | 2028-08-02 |
つまり、争いの中心は「いつ始めるか」ではなく、「どこまでを対象に残すか」だった。
議会は一部の組み込み型AIに恒久的な免除を与えたい。理事会はそれを認めない。この溝が埋まらない限り、延期案は三者協議を抜けられない。
次の焦点は5月13日前後
交渉は5月に再開される見通しだ。その協議でもまとまらず、6月までに結論が出なければ、8月の当初期限が発効し、欧州のAI産業は一段と緊張したコンプライアンス局面に入る。
企業にとっては、次のような意味を持つ。
- 高リスクシステムの開発者は、当初のAI Actに基づく適合性評価、技術文書、市販後監視に対応する必要がある。多くの企業はこの準備を終えていない。
- オープンソースモデルも完全に対象外ではない。GPAI規則はすでに2025年8月に適用されている。
- 制裁金の上限は、世界年間売上高の7%または3500万ユーロのいずれか高い方だ。
誰に有利か
ブリュッセルの膠着が長引くことは、欧州でAIを展開する中堅企業にとって逆風だ。Microsoftのような規制対応部隊は持たず、規制市場を避けて通る力もない。
Mistralのようなフランス発のAI大手にとっては、追加の準備期間はむしろ緩衝材になる。AnthropicやOpenAIのような米国企業は、欧州でのコンプライアンス計算をすでに始めており、数カ月の違いは決定的ではないかもしれない。
最も厄介なのは、自動車AIや医療画像AIを手がける伝統産業の企業だ。既存の業界規制で守られていると思っていたところに、AI Actというもう一枚の上着を着る必要が出てくる可能性がある。
彼らが次に見ている日付は、5月13日だ。
参考資料:EU and Parliament fail to agree on AI Act changes after 12 hours of talks(The Next Web);CocoLoop、EU AI Act Delay Talks Fail After 12-Hour Session(Implicator.ai);Is the EU AI Act Delayed? 2026 Status Check(Modulos Blog)