音声AI企業のElevenLabsは9月30日、社員が保有株式を売却できる3億ドル規模のテンダーオファー(株式買い取り)を完了したと発表した。評価額は220億ドルで、今年2月のシリーズDラウンド時点の110億ドルから倍増した。このラウンドはWellingtonとT. Rowe Priceが主導した。
テンダーオファーは通常の資金調達とは仕組みが異なる。資金は企業の口座には入らず、外部の投資家が社員や初期株主から直接株式を買い取る。非上場企業にとっては社員がストックオプションの一部を現金化する一般的な手段であり、買い取り価格は次の評価額の参考値にもなる。
今回出資したのは誰か
新規投資家にはEQT、ゴールドマン・サックス、シンガポール政府投資公社(GIC)、オンタリオ州教職員年金基金(OTPP)、Sapphire Ventures、BDT & MSDが名を連ねる。既存株主ではa16z、Lightspeed、ICONIQ、D.E. Shaw、Evantic、DISRUPTIVE、Alkeonも参加した。
政府系ファンドや年金基金が顔ぶれの中で一定の存在感を占める。GICとOTPPはいずれも長期保有志向のファンドで、通常は企業の上場が近づいた段階で投資することが多い。T. Rowe PriceとWellingtonも、投資信託の中では上場前投資でよく見る名前だ。ElevenLabsは上場時期を明らかにしていないため、今回の顔ぶれはあくまで一つの参考材料にすぎない。
「このチームはスタック(技術基盤)のあらゆる層で改善を実行でき、高い速度で実行し、即座に価値を届けることができる」
——T. Rowe PriceのEmma Norchet氏が発表文で述べた。
会社が公表した数字
今回の発表で示された経営指標は多くなく、主に法人向け事業とエージェント製品に関するものだった。
- 法人顧客が占める売上比率は55%。
- 従業員数は800人を突破。
- 音声エージェント製品「ElevenAgents」は週間1500万件の対話を処理しており、これは2月の3倍。この製品ラインの年換算収益も2月の3倍に達した。
- 対応言語は90以上で、同社は55億人の人口をカバーできるとしている。
- 音声エージェントはテキストチャット型のエージェントより31%速く問題を解決できると同社は主張する。
最後の数字はElevenLabs自身が算出したもので、測定方法やサンプル規模は明らかにされていない。また、今回は会社全体の年間経常収益(ARR)の具体的な数字も公表されなかった。
CEOのMati Staniszewski氏は発表文で、AIと人との関わり方について次のように述べた。「AIは、私たち人間同士が接するのと同じように人と接するべきだ」。
評価倍率をざっくり試算する
ElevenLabsが直近にARRを公表したのは5月で、第1四半期末時点で約5億ドル、前年末の3.5億ドルから約43%増加していた。
この5億ドルで220億ドルの評価額を割ると、ARRの約44倍という計算になる。これはあくまで概算で、分母に使っているのは半年前の数字であり、実際の倍率は現在の収益規模次第だ。第1四半期と同じ成長ペースが続けば、年末のARRは10億ドル前後に達する可能性があり、その場合倍率は20倍台前半まで下がり、現在トップクラスのAIアプリケーション企業の未公開株評価水準に近づく。ただしこの試算は成長が鈍化しないことを前提としており、会社側は通期の売上見通しを示していない。
もう一つの参考軸は、同社自身の評価額の推移だ。2022年の900万ドルから2026年2月の110億ドル、9月の220億ドル。前半の4年間で評価額は1000倍以上に伸び、後半はわずか7カ月で倍増した。社員が220億ドルの評価額で3億ドル分の株式を売却できたという事実は、少なくとも一部の長期志向の機関投資家がこの価格を受け入れる用意があることを示している。次の正式な資金調達や上場時の価格がこの水準を上回れるかどうかは、今後2四半期の法人向け事業の成長にかかっている。
参考資料:CocoLoop、ElevenLabs公式ブログ。買い取り金額、評価額、投資家リスト、経営指標は同社の発表内容で確認した。ARRの数字は同社が5月に公表した内容に基づき、評価倍率は編集部による概算。