AMDは9月28日、2024年設立で「空間知能」と世界モデルを手がけるWorld Labsを、全株式交換方式で約82億ドルで買収すると発表した。同社はスタンフォード大学教授の李飛飛(フェイフェイ・リー)氏が創業した。買収完了は2026年末までを見込み、規制当局の承認や通常の完了条件が前提となる。
買収完了後、李氏はAMDのエグゼクティブバイスプレジデント兼チーフサイエンティストに就任し、CEOのリサ・スー氏に直接報告する。World Labsの共同創業者であるジャスティン・ジョンソン氏とベン・ミルデンホール氏は元のチームを率い続け、チーム全体がAMDに合流する。
パートナーから自社部門へ
両社の関係は今回の買収より前から始まっていた。World Labsの発表によると、両社は昨年からAMD製GPU上でのモデル訓練と推論の最適化について、技術面で深い協力関係にあった。TechCrunchの報道では、その始まりを2025年初頭としている。
World Labsの主力製品はMarbleで、テキストや画像から歩いて回れる3Dシーンを生成でき、ゲームや映像などのエンターテインメント分野で使われるほか、ロボット訓練用のシミュレーション環境の構築にも利用されている。今年は1分間の1440p制御可能動画を生成できるAtlasも発表した。
李氏は買収の発表資料で、売却の理由を次のように語った。
"We want to do everything we can to accelerate that future. That requires scaling our efforts, broadening our reach, and getting closer to the hardware."
(その未来を早めるためにできることは全てやりたい。そのためには取り組みの規模を拡大し、活動の幅を広げ、そしてハードウェアにより近づく必要がある。)
AMDのこれまでの買収戦略
AMDの近年の買収を並べてみると、方向性はかなり明確だ。2022年には全株式交換でXilinxを買収し、FPGAとデータセンター向けネットワークカードを補強した。2023年にはコンパイラとソフトウェアスタックを強化するためNod.aiを買収。2024年にはフィンランドのSilo AIとサーバーシステムメーカーのZT Systemsを相次いで買収し、それぞれモデル開発チームとラック単位の設計能力を補った。
これらの買収は主にハードウェア周辺技術とソフトウェアを補うものだった。Silo AIもモデル開発を行っていたが、本業は欧州企業向けのカスタム開発と導入だった。一方World Labsの本業は最先端の基盤モデル研究であり、買収額はSilo AIの10倍以上に達し、AMDは創業者にチーフサイエンティストの肩書きまで与えた。NVIDIAはCUDAと自社の一連のモデル・シミュレーションツールで開発者を自社エコシステムに引き留めている。AMDはROCmソフトウェアスタックで長年その差を追いかけてきたが、今回世界モデルのチームをそのまま社内に取り込むことで、自社チップ上に「リファレンス顧客」を一つ増やしたことになる。
世界モデルそのものが計算資源を大量に消費する分野だ。インタラクティブな3Dシーンの生成やロボット向けの物理シミュレーションは、訓練・推論のいずれも大量のGPUを必要とする。これを本業とするチームが長期的にAMD製ハードウェア上で動くことで、そこで踏んだ落とし穴や調整済みの演算処理は、ROCmに蓄積されていく可能性がある。
まだ明らかになっていない点
買収価格がWorld Labsのどの程度の収益に対応するのかは公表されていない。World Labsは今年に入って約10億ドルを調達したと報じられているが、どの倍率でのエグジットなのか、初期投資家がそれぞれどれだけのAMD株を受け取るのかも明らかにされていない。
Marbleには現在、個人クリエイター向けの有料プランがある。半導体企業の傘下に入った後も独立した製品として運営を続けるのか、それとも徐々にAMDの開発者向けツールの一部になっていくのか、両社とも説明していない。李氏のスタンフォード大学での教職に影響があるかどうかについても言及はなかった。
参考資料:TechCrunch、CocoLoop、World Labs公式発表、The Verge。買収金額、支払い方法、完了時期はWorld Labsの発表とTechCrunchの報道に基づく。