清華大学智能産業研究院(AIR)と域変換(Domain Transform)は、Zevaと呼ばれる具身操作(エンボディド・マニピュレーション)の新手法を共同発表した。このアプローチはこの分野では珍しい部類に入る。モデルの重みは一切固定したままで勾配更新は行わず、ロボットは配備中にコンテキストだけを頼りに自力で成績を伸ばしていく。複数の具身ベンチマークで、累積成功率は26%から73%まで上昇した。
主流のやり方はデータを集めてラベル付けし、VLAモデルを微調整して、新しい場面に出会うたびにこのサイクルを繰り返すというものだ。Zevaはこの一連の工程を推論側に丸ごと移した。行動と状態変化の間の因果関係を記録し、その関係性をプロンプトとして凍結済みのベースモデルに渡す仕組みだ。論文で使われているベースモデルはCosmos3。
3つの構成要素
因果転送エンコーダーは、一つひとつの行動から状態変化を抽出し、「自分が何をしたか」と「環境がどう変わったか」をペアにする。これは手法全体のデータ取得工程にあたり、ここでの抽出精度がそのまま後段の使い勝手を左右する。
因果記憶は2つの時間スケールに分かれている。短い方は「簡潔な相互作用軌跡」と呼ばれ、今回の試行だけを扱う。長い方は「持続的相互作用記憶」で、試行をまたいで積み上がっていく。前者は「この試行で何を試したばかりか」、後者は「前回どこでつまずいたか」を解決する役割だ。この2層を分けているのには理由がある。今回の失敗信号は次の行動に即座に反映させる必要がある一方、試行をまたいだ経験は選別を経てから長期記憶に入れないと、一回限りのノイズに引きずられやすいためだ。
3つ目はコンテキスト内ポリシー注入で、因果プロンプトを凍結済みモデルの入力に組み込む。配備プロセス全体を通じて勾配更新はゼロだ。
数字が示すもの
RoboCasa365-Atomic5ベンチマークでは平均成功率76.8%を記録した。より説得力があるのは、実際の化学実験室(チームはこの環境を「ChemLab-Evo」と呼ぶ)に持ち込んだ後の数値だ。試験管を取る動作は65%から100%へ、ビーカーを置く動作は25%から70%へ、水を注ぐ動作は30%から80%へとそれぞれ上昇した。
3つのタスクは出発点が大きく異なる。試験管を取る動作はもともと65%という土台があり、そこから満点まで押し上げるのは細部の詰めに近い。一方、ビーカーを置く動作は25%からスタートし、ほぼ3倍に伸びた。これは成功率が低い領域ほど記憶機構の恩恵が大きいことを示唆している。失敗が多いロボットほど、帰属できる因果ペアも多く得られるからだ。
人間による実演を1回加えると、さらに上乗せできる。ビーカーを置く動作で約20ポイント、水を注ぐ動作で約15ポイントの上積みだ。1回の実演が持つ情報量はもともと限られているのに、これだけの伸びが出るのは、それがパラメータではなく記憶に取り込まれている証拠であり、プラグアンドプレイ的に効くことを意味する。
なぜ化学実験室なのか
この場面を選んだのには実際的な理由がある。化学操作は状態変化の境界がはっきりしている。液面の高さ、試験管の位置、こぼれの有無など、因果信号がきれいで、エンコーダーが抽出するペアのノイズも小さい。衣類をたたむような状態を数値化しにくいタスクに置き換えた場合、同じ仕組みがうまく機能するとは限らない点についても、論文は目をそらしていない。
エンジニアリング側にとっての意味は、配備の形そのものが変わる点にある。微調整路線では、新しい現場に入るたびにデータを集め、再学習し、回帰検証をこなす必要があり、一連のパイプラインには週単位の時間がかかる。Zevaは配備が終わった時点から働き始め、使うほど精度が上がっていくが、その代償として推論時のコンテキストが長くなり、1ステップあたりのコストも高くなる。どちらが得かは、現場が切り替わる頻度次第だ。1台のロボットが長年同じ作業をこなし続けるなら、微調整のほうが依然として割安な選択肢になる。
論文タイトルは「Zeva: In-Context Causal Learning for Generalizable Embodied Manipulation」。清華大学AIRの劉雲新(Liu Yunxin)氏、曹霆(Cao Ting)氏らが参加している。
参考資料:Zeva論文原文、量子位(QbitAI)、CocoLoop。各成功率とベンチマーク名は論文の開示内容に沿って確認し、上昇幅は論文の数値をそのまま差し引いて算出した。