Mistral AIは今週、新モデルを発表しなかったが、オーストリアの30人規模の小さな企業を買収した。
5月19日、パリに本拠を置く同社は、ウィーンに拠点を置く物理シミュレーション用ニューラルネットワークを開発するEmmi AIの買収を発表した。金額は非公開だが、興味深いのは価格ではない。
3ヶ月で2件目の買収
1件目は2月に買収したクラウド推論インフラ企業のKoyeb。今回のEmmiは別の道を進む。高価な産業用物理シミュレーターをニューラルネットワークに置き換え、数秒で結果を出すというものだ。
Emmiは自社技術を「Large Engineering Models(LEMs)」と呼ぶ。昨年、オーストリアで2025年最大のシードラウンドとなる1500万ユーロを調達した。30人以上の従業員は今月末までにMistralに統合され、オーストリア、ドイツ、リトアニアで引き続き採用を行う。
物理シミュレーションが重要な理由
航空機の翼、自動車の衝突、チップの放熱を設計するエンジニアは、CFD(流体力学計算)、有限要素解析、熱シミュレーションといったソフトウェアに依存している。1回の実行に数時間かかり、プロジェクトでは数千回の実行が必要となる。
Emmiのアプローチは、まず従来のシミュレーターでデータを生成し、ニューラルネットワークに学習させる。モデルが学習すれば、入力パラメーターから直接結果を出力する。速度は桁違いに速く、精度は工学基準で許容範囲内だ。
これは大規模言語モデルとはまったく異なる方向性だ。テキストでも画像でもなく、AIに物理の常識を与え、エンジニアの代わりに実験を実行させる。
Mensch CEOの重要な発言
MistralのCEO Arthur Mensch氏は発表の中で、産業顧客は「この業界で無視されているグループ」だと述べた。
これは示唆に富む。彼はこの1年余り、ASML、Stellantis、CMA CGMといった欧州の産業大手と提携交渉を進めてきた。航空宇宙、自動車、半導体の3分野は、OpenAIやGoogleが最も激しく争っている場所ではない。Mistralは差別化されたニッチを選んだ。
「この戦略的買収は、産業用AIにおけるMistralのリーダーシップを確固たるものにし、航空宇宙、自動車、半導体などのハイステークス分野のメーカーにとって最良のパートナーとしての地位を確立するものです。」
平たく言えば、「我々は欧州の工場向けAIサプライヤーになる。OpenAIはChatGPTをやっていればいい」ということだ。
なぜこの一手が賢いのか
汎用大規模モデルのレースでは、MistralはOpenAIやAnthropicに太刀打ちできない。米国は計算資源、人材、顧客で勝っている。
しかし物理シミュレーションは逆だ。欧州の工場大手はシリコンバレーよりも切迫している。航空機、自動車、チップの開発サイクルでは、シミュレーションが大規模モデルの訓練よりも多くの計算資源を消費する。AIがシミュレーション時間を日単位から分単位に短縮できれば、工場は複数年契約を結ぶだろう。
さらに、こうした垂直モデルはパラメーター規模で競う必要はない。業界データとエンジニアリング知識が鍵だ。Emmiのような小規模で専門的なチームは、Mistralのパズルのピースを埋める。
残る問題は一つ。Mistral自身の評価額はわずか60億ユーロだが、OpenAIとAnthropicの評価額は8000億ドルを超える。物理AIという狭い道が次の評価ラウンドを支えられるか。6ヶ月後にASMLの受注を見ればわかるだろう。
出典:Mistral buys Vienna's Emmi AI to put physics into its industrial pitch(The Next Web)、CocoLoop、Mistral AI buys Austrian physics AI startup in industrial push(Yahoo/Reuters)、Mistral acquires Austria's Emmi AI(Tech.eu)、Mistral strikes second M&A deal in months with Austrian AI startup Emmi(Sifted)