Anthropicは8月27日、AIエージェントが物理機器を直接操作するための通信規格「Model Hardware Standard(MHS)」のリサーチプレビューを公開した。対象は顕微鏡、液体分注装置、ロボットアーム、遠心分離機、分光装置、インキュベーターなど、実験室や先端製造の現場で使われる機器だ。同社が強調する核心の数字は導入コストで、これまで1台の機器を自動化ワークフローに組み込むには数週間から数カ月かかっていたが、MHSを使えば数時間、早ければ数分で済むという。
やっていること自体は奇をてらったものではない。MHSはドライバー層で機器の機能をread(値を読む、例えば現在の温度を取得する)とwrite(値を書き込む、例えば温度を設定する)という2つのプリミティブに抽象化する。機器側は統一フォーマットで自身の仕様を申告するため、モデルは機器ごとに専用の変換プログラムを書く必要がなくなる。規格には自然言語のタグ欄も用意されており、機器の特性や安全上限、機能の限界をモデルがそのまま読める文章として書き込める。上位のインターフェースはMCP、コマンドライン、コードファイルAPIの3系統で、Anthropicは1行のコードで複数の機器をオーケストレーションできるとしている。
提携先が出した数字
ジェネンテックはBCAタンパク質定量にこれを使い、Claudeが液体分注装置、ロボットアーム、プレートリーダーを同時に制御しながら、液体ごとに異なる移送流速を自ら見つけ出した。水では約140µL/s(RMSE 0.016)、粘度の高いBSA溶液では10µL/sまで下げている(RMSE 0.181)。チップの取得に失敗したり液面検知がずれたりした場合は、自ら処理を戻してリトライする。
カーネギーメロン大学が行ったのは濃度勾配による用量反応実験で、実行速度は3倍に上がり、導入にかかった時間はわずか8時間、しかも互換性のない3種類のコンピューターインターフェースを同時に扱った。フィッティング曲線のR²が0.98に届かない場合、エージェントが自らパラメーターを調整して再実行する点も見逃せない。
最も際立つのはQuEraの数字だ。量子コンピューターのレーザーロックが外れた際、従来は復旧に平均150秒かかり成功率は58%だったが、AIコントローラー導入後は6秒、96%に改善し、その後99.3%を人手を介さずに達成した。あわせてPIDパラメーターも調整し直し、残留ノイズは15.7mVから1.55mVへとほぼ一桁下がった。このほか、ワシントン大学のBaker研究室とPinglay研究室は1週間で6台の機器を接続し、qPCRの増幅曲線をリアルタイムで監視して最適な増幅ポイントで自動停止できるようにした。HHMIジャネリア研究キャンパスは、7社にまたがる二光子顕微鏡のソフトウェアを1本のチェーンにつなぐのに使っている。
価値はドライバー層にある
MHSは要するに、MCPが掲げた「モデルに統一されたツールインターフェースを与える」という発想を、ソフトウェアからハードウェアに持ち込んだものだ。ざっくり計算すると、中規模のウェットラボには通常20~30台の機器があり、メーカー方式で1台2週間かかるとすればインターフェースをつなぐだけで1年以上の人手が必要になる。8時間ペースなら1人で1カ月あれば片づく計算だ。これはあくまで概算で、実際には機器にプログラム可能なインターフェースがあるかどうかに左右される。そしてそこがまさに、MHSの現時点でのハードルでもある。
すでに対応を表明している顔ぶれは幅広い。AWSのStrands Robots、AutomataのLINQプラットフォーム、ダナハー、斗山(トゥサン)ロボティクス、QIAGEN、TecanのFluent液体分注装置、ユニバーサルロボット、さらにHugging FaceのLeRobotライブラリやRaspberry Piも名を連ねる。ソフトウェア規格が定着するかどうかは結局、ハードウェアメーカー自身が対応する気になるかどうかにかかっており、この顔ぶれはハードルの半分をすでに越えたことを物語っている。
宣伝より制約の記述の方が多い
Anthropic自身が挙げる制約はかなり率直だ。モデルには物理的な直感が欠けており、気泡がどう発生するかといった問題は依然として専門家のヒントが要る。プログラム可能なインターフェースを持つ機器しかつなげない。エージェントに機器をずっと監視させ続けた場合の計算コストもまだ整理し切れていない。安全面では、機器の安全上限はMHSドライバー側で強制され、安全性評価は研究パートナーと共同で進めている最中で、物理的な安全性のロードマップはオープンソース化の前に固めるとしている。
標準は最終的にオープンソース化されるが、それは安全性評価が完了し、ベストプラクティスが固まり、リサーチプレビューの結論が公表されることが前提となる。現時点では申請制で、公式には順番待ちリストの窓口が用意されている。ウェットラボで働く人たちにとっての意味は、実験サイクルにある。実験の設計から実行までを、初めて「時間」単位で数えられるようになるかもしれない。
参考資料: Anthropic公式発表、CocoLoop、modelhardwarestandard.com。提携先の実験データ、対応機器メーカーの一覧、オープンソース化計画はいずれも公式発表の表記に基づいて確認済み。