米AI企業のInceptionは10月19日、拡散型の大規模言語モデルMercury 3を発表した。同社は「現時点で最も高性能な拡散型LLM」としている。モデルはすでにInception自社のAPIプラットフォームで利用でき、OpenRouter、Baseten、Vercelにも対応した。
公式が示した主な数字は次のとおり。NVIDIA GPU上での生成速度は毎秒1068トークン。コンテキストウィンドウは100万トークンで、前モデルのMercury 2.5は26万トークンだった。総パラメーター数は初代Mercury 1の40倍以上とされるが、具体的な数は公表されていない。
速度と価格
Inceptionによると、Mercury 3は複数のベンチマークでOpenAIのGPT-6 LunaとAnthropicのClaude Haiku 5.5を上回り、速度はこれらの比較モデルの4〜8倍に達する。ただしブログには項目ごとのスコアは載っておらず、標準的なベンチマークでの知能水準がMercury 1(mini)の約3倍に向上したと述べるにとどまる。外部機関による独立評価はまだ出ていない。
具体的な数字が出ているテストは2つある。1つはブラウザーエージェントで、実在のWebページを操作するMind2Webのナビゲーション課題50件のうち、Mercury 3は半数をこなした。同社はこれを「GPT-6.1-Solを大きく上回る」としている。もう1つはパートナーのOcten AIが提供するSense APIで、生成にMercury 3を使った場合、生成時間の中央値は0.9秒、エンドツーエンドの応答時間の中央値は2.2秒。このうちOcten自身の検索が占めるのは約80ミリ秒にすぎない。
価格は、入力が100万トークンあたり0.20ドル、出力が0.70ドル。提供開始期間中は半額の0.10ドルと0.35ドルで、キャッシュにヒットした入力にはさらに割引がある。APIプラットフォームでは新規ユーザーに1億トークンの無料枠を付与する。
Inceptionはブログで、今回のリリースの意義をスケーリングに置いている。
「自己回帰モデルの進歩を支えてきたスケーリング則は、拡散モデルにも当てはまる。」(原文: “The scaling laws that drove progress in autoregressive models hold for diffusion too.”)
今年、拡散路線を進めているのは誰か
主流の大規模モデルは自己回帰でテキストを書く。トークンを1つずつ出力し、後のトークンは前のトークンを待つ必要がある。拡散モデルは画像生成の発想を借りたもので、まず文章全体の粗い下書きを一気に作り、何度もノイズ除去を重ねて修正する。複数の位置を同時に更新できることが、速度面の利点につながる。
この路線は今年、明らかに熱を帯びてきた。5月にはNVIDIAのNemotron Labsが、3B・8B・14Bの3サイズからなるNemotron-Labs-Diffusionを公開した。1つのモデルで、自己回帰と複数の拡散デコード方式を切り替えられる。6月にはGoogleがDiffusionGemmaをオープンソース化し、1回で256トークンを並列生成する。今年のICMLでも、拡散方向の論文が大賞に選ばれた。
各社の方向性は少しずつ異なる。NVIDIAとGoogleが公開したのは中小規模のオープンモデルで、研究用途やオンデバイス向けの色合いが強い。一方、Inceptionは一貫してクローズドの商用APIを選び、速度と価格を武器に、レイテンシーに敏感な場面を狙っている。コード補完、音声アシスタント、モデルを数十回続けて呼び出すエージェントのワークフローなどがそうだ。Mercury 3ではパラメーター数とコンテキストを同時に引き上げており、拡散モデルも大型化すれば能力が追いつくこと、つまり「速いが賢くない」だけではないことを示す狙いがある。
それを証明できるかどうかは、2つにかかっている。独立したリーダーボードでのスコアと、本番環境に組み込んだ各プラットフォームが数カ月後も使い続けるかどうかだ。公式ブログが引用した顧客の数字はOctenの1社分だけで、サンプルはまだ少なすぎる。
先代のMercury 2は数日前、米『TIME』誌の「2026年のベスト発明」に選ばれた。MicrosoftとSpaceXがともにInceptionと接触していると、これまでに報じられていた。ただ、関連する取引の進展については、現時点で新たな公開情報はない。
参考資料:Inception公式ブログ(速度、コンテキスト、Mind2Webの完了率、API標準価格、提供開始期間の割引価格を確認)、OpenRouterのモデルページ、CocoLoop、GoogleとNVIDIAの拡散モデルに関する技術資料。